· 

猫の手舎1月30日ブログ

運命的な出会いであった……わが夫の父母と私。

 

人は誰も自分をこの世に誕生させてくれた両親があり、その事には本当に感謝すべきだと思っています。

 

私の夫を産み育ててくれた義父、義母の存在はまさしく大きく、心から有難い!と思わずにはいられません。

 

その義父は明治38年に生まれた生粋の江戸っ子で、「し」と「す」の言い回しが不得意だったことが、それをよく物語っています。

 

本所深川に生まれ、丁稚奉公として靴職人の世界に。

 

それから独立。早稲田で靴店を開業。朝から晩まで懸命に働き、弟にもお店を持たせ、20代、30代は商売も順調に……。

 

 

先妻が病死した後、同じ「とく」という名の女性と再婚。(夫の母親ですが名前が同じだったというだけでなく、私たち夫婦のそれぞれの誕生日が、その先妻さんの誕生日と命日と一致しているという運命的な不思議なことがあったなんて思いもしませんでした。)

 

義父義母の間には3人の子供がいますが、その中の長男が私の夫となりました。(先妻には子供はいませんでした。)

 

義父は再婚後も早稲田大学の裏門の近くのお店で懸命に商売に励みました。必然的に学生が多く店にも出入りし、ラグビー部の連絡所にもなっていました。いつも若い学生たちで賑わっていたそうです。夫は小さい頃からその光景を目にしながら育っていきました。

 

そこでの義父の仕事は普通の靴造りだけでなく、ラグビーシューズのオーダーメイドや修繕などで毎日夜遅くまで忙しく働いていました。

 

そうした中、靴業界も変革が訪れ、注文靴よりも安く良い既製靴が出回り、それまでの状況が変って行き、家業もぐらつき始め、いよいよ廃業を余儀なくされていったそうです。

 

いつの時代も、そんな業種はあるものです。

 

お店をたたみ、長年住んだ早稲田から田無へ移り、学校警備員の仕事を見つけ地方公務員としての第二の人生を送ることになりました。

 

若い頃に得た靴職人としての技を一生通して続けられなかったことは、非常に残念なことだったと思います。

 

 

 

果たして義父義母の一生は幸せであったのでしょうか?聞いたことはありません。

 

人生は一度きりです。そしてお金持ちも貧乏人にも容赦なく死が必ず訪れます。(私の願いは死ぬまで元気で自分の足でトイレに行けることですが……)

 

とにかく、後悔をしないように生きることが大事なことだと思います。

 

人生を共に歩む良き伴侶に巡り合えるかどうか、また本当に好きなことを仕事とすることができるか大事なことだと思います。

 

そしてさらに急速なインターネットの拡大は生活にも仕事にも大きな変革をもたらして来ました。大部分の人がスマホを持ち、ネットで買い物も仕事もできる時代になりました。

しかし、それをただ受け入れるだけで良いのかは疑問なところです。

 

 

何かに翻弄されているような日本の政治体制、今生きている人が今まで経験したことのない様々な現象、例えば原発事故、そして新型コロナ問題、日本はいったいどこへ向かって進んでいるのか?

 

不安なことだらけです。

「当たって砕けろ!」今はそんな感じです。

 

でも、どんなことがあっても夫と二人なら何も恐れたりはしません。

(澪)

 

 

猫の手舎のインスタ、ツイッターは以下の通りです。

よろしくお願いいたします。

 

インスタグラム↓

https://www.instagram.com/nekonotesha/

ツイッター↓

https://twitter.com/nekonotesha

 

本日もご覧いただきありがとうございました。

また次回もよろしくお願いいたします。

猫の手舎・ピース